毎年7月14日には戸塚にある八坂神社で夏祭りが行われる。
今年(2019年)の夏祭りは、朝から天気がぐずつき気味で客の出足を危ぶんだが、7月14日がたまたま日曜日に当たったためか、戸塚小学校前の通りにはぎっしりと露店が立ち並び、例年と変わらぬ賑わいをみせた。
八坂神社の由来
八坂神社は、祭神としてスサノオノミコトとイナダヒメノミコトの二柱を祀っているが、昭和43年発行の「戸塚区郷土史」によると、
「相模風土記稿」には牛頭天王と記し、元亀三年(1572年)に庄司内田兵庫政親が勧請したものであると伝えられる。
とあり、この神社の名称も明治初年に八坂社、さらに昭和7年になって八坂神社と改称されたもので、もともとは牛頭天王社といったらしい。
牛頭天王の神格はスサノオノミコトだし、名称が八坂神社になったもの、京都の八坂神社の祭神が牛頭天王だからこれは自然な成り行きかな。
江戸時代の参勤交代の際、些細なことから役人の忌諱に触れたために一時、八坂神社の神体が土に埋められ、社殿も閉鎖されたことがあった。しかし、数十年後の元禄元年(1688年)に神体が掘り出され、以来従来どおりに祭祀が執り行われるようになったとのことだ。
「お札まき」とは
八坂神社の夏祭りで、もっとも見どころとなるのが「お札まき」という行事である。横浜市の指定無形文化財にもなっており、お札まきを見るために、わざわざ遠くからやって来る見物客もけっこういるようだ。
お札まきは、姉さんかぶりにたすき掛けした着物姿の女装で男性十数人が、音頭取りの風流歌に合わせて唱和しながら輪になって踊るといったもので、踊りが終わると音頭取りが観客に向かって「正一位八坂神社御守護」と書かれた五色のお札をうちわであおいでばら撒く。
踊りははじめ神社の境内で行われるが、その後、女装の一行は神社を出て、各町内をまわり、踊ってはお札を撒いていく。
女装の人たちの口紅つけて白塗りされた顔を間近で見たら、けっこう気色悪くて笑えた。
見物客たちはばら撒かれた「正一位八坂神社御守護」を争って拾い、家に持ち帰って昔は玄関口や神棚に貼って病除けにしたという。
お札が病除けのお守りであることは、音頭取りの唄う風流歌の歌詞からも分かる。
サーコイ子供。天王様は、はやすがおすき、泣く子はきらい。わいわいとはやせ。ここらでまこか。色々まぜて。ありがたいお札。さずかった者はやまいをよける。コロリも逃げる。そらまくぞ。(「戸塚区郷土史」より)
牛頭天王は行疫神なので、これもまた頷ける話だ。
規模もやってることもぜんぜん違うけれど、神事の起源としては京都の祇園祭などと意味するところは同じものだな。
昔からこのお札まきを知っている人に聞いたら、以前はばら撒くお札の枚数がもっと多かったとのこと。氏子のおじさんが神社の横で寄付を募ってたので、資金繰りが苦しいのかもしれないなあなどと余計なことを勘ぐってしまった。
八坂神社の場所
※今年のお札まきは、7月14日の16時半くらいから始まりましたが、来年のお札まきが何時から始まるかは事前に確認した方がよいでしょう。